SOPMODの歴史:Block Iとイラク戦争

[訳者注:この記事は、Jeff Gurwitch (2017, May) “The History of SOPMOD Part I: Block I and the Early Years in Iraq” SWAT Magazine, pp.44-49 を和訳したものである。文章の翻訳と写真の転載について、筆者本人より許可を頂いた。]


米陸軍特殊部隊(SF:Special Forces)がSOPMOD計画(Special Operations Peculiar Modification:特殊作戦専用改修)を使い続けて今年で20年になる。

私はSF時代ずっと、SOPMODされたM4A1カービンを使っていたが、ひとつ確かに言えることがある。私が最後の派遣(2015年秋・アフガニスタン)で使ったM4A1カービンは、SFとして最初に派遣された2003年イラク攻撃で使っていたものよりも、桁違いの性能だった。

2005年・イラク:イラク治安部隊の隊員に囲まれた筆者。M4A1 SOPMOD Block Iに、SU-231(EOTech 552)とSureFire M951ライト。

[筆者注:SFをSOF(Special Operations Forces)と混同してはならない。SOFはアメリカ全軍に存在するあらゆる特殊部隊(陸軍レンジャーや海軍SEALsなど)を指す。また本稿では、多くのSOPMODパーツをSF内での通称(正式名称ではなく商品名)で呼ぶ。例えば、SU-231は世代や型式にかかわらず単純に「EOTech」と呼ぶ。]

SOPMOD計画がいかに大きな戦術的優位性をもたらしたのか説明するため、SOPMODを使った私の経験を紹介したいと思う。具体的に言うと、イラクとアフガンへの6回の派遣において、数世代(ブロック)のパーツがどのように使われたかを紹介する。

SOPMODの創成期

私が初めてSFのODAに配属された1998年秋の時点で、M4A1はすでにSOFに配備されていて、最初のSOPMODキット(Block I)は導入から二年目を迎えていた。実は隊員たちは、二つのBlock Iパーツに問題があることをすでに発見していた。

一つ目は、トリチウムで発光するTrijiconのリフレックスサイトだった。光点がとても暗くて見えにくく、CQBで求められる素早い射撃に適した照準器ではなかったのだ。陸軍はすでに出来のいいドットサイトを保有していた。レンジャーと一部のSOFは、1990年代初頭から、数々のAimpoint製ドットサイトを使っていたのだ。

SOPMODにTrijiconのリフレックスサイトが採用されたのとほぼ同時期に、陸軍は、全部隊に配備される初のドットサイトとしてAimpoint Comp M2(M68 CCO:Close Combat Opticと命名された)を選定する途中だった。

どの装備品が要求を最もよく満たすのか決定する際、陸軍とSFで見解が異なることがよくある。

二つ目はVLI(Visible Light Illuminator:可視光イルミネーター)だった。電池がなんと1時間未満しかもたなかったのだ。また、90~最大110ルーメンを照射できると謳われていたが、とても暗い90ルーメンしか出せなかった(CQBで使うには弱すぎる)。さらに、プラスチックの本体はやや壊れやすかった。

一年後の1999年、SOPMOD初の段階的アップグレードが始まり、これら二つのパーツはAimpoint Comp M2とSureFire M951ウェポンライトに更新された。隊員による特別な試験に合格したからではなく、単に全部隊に配備されているという理由で、SFが陸軍の方針に従ってM68を採用したのは幸いである。Trijiconリフレックスサイトの問題が露呈したときすでにAimpoint Comp M2の配備が始まっていたことを思えば、SFにとってはちょうどいいタイミングだった。

振り返れば、1999年はSOPMOD計画にとってとても慌ただしい一年だった。SOCOM仕様のヘビーバレルがすべてのSOF向けM4A1に採用された。また、Knight’s Armamentのサプレッサー対応フラッシュハイダーも、部隊内のすべてのM4に装着できるほど十分な数がようやく入ってきた。Knight’sのサプレッサーは1997年に配備されていたが、それまでは、約半数のM4分しか用意されていなかったのだ。

クレーンのSOPMODマニュアル

クレーンのSOPMODマニュアルもその年に発行された。このマニュアルは、SOPMODパーツの照準調整と操作方法、技術データだけでなく、M4を使った高度な戦闘テクニックと弾道データを初めて収録したものだった。陸軍のマークスマンシップ・マニュアルFM 23-9よりも広範囲に及ぶ射撃テクニックが紹介されていた。

SOPMODマニュアルはSOFにとって真新しい情報をもたらしたわけではない。このマニュアルが登場する以前にそのようなテクニックを習得する方法は、訓練中にチームメイトから学ぶか、専門的な射撃トレーニングを受けるかしかなかったというだけだ。それでも、同様のテクニックが一冊に詳しくまとめられたのは、これが初めてだった。

もし読んだことがなければ、紙媒体かネットで入手することを強くおすすめする。1997年頃の最初期のSOPMODパーツを扱っているため、装備品の情報は時代遅れだが、ドットサイトを使った射撃距離と移動目標射撃のデータは今日でも通用する。事実、射撃テクニックの情報量という点では、2016年夏に発行された陸軍マークスマンシップ・マニュアルの最新版(TC 3-22.9)をもって、17年前のSOPMODマニュアルにようやく追いついたと言えるだろう。

2000年になると、その後十数年間にわたって、あるパーツがほとんどのM4に標準装備されるようになった。その理由も意外なもので、それはあらかじめ計画されていたアップグレードではなく、私たちが受領した一部のM4A1の不具合を受けて開発されたものだったのだ。不具合の改善策が、そのパーツの登場につながるのである。

初期のMK18アッパーに搭載されたTrijiconリフレックスサイト。この銃は2012年・アフガニスタンでSF隊員が使っていたものなので、SOPMOD Block IIのパーツが装着されている。このリフレックスサイトは17年前に代替されているが、少なくともひとり筋金入りの愛用者がいたようだ。
2003年のイラク攻撃における典型的構成。M4A1 SOPMOD Block I。Knight’s Armament RASハンドガードにバーティカルグリップ、Aimpoint M68、AN/PEQ-2赤外レーザー照準器。
1998年・クウェート:若かりし頃の筆者。SOPMOD Block IのACOGとAN/PEQ-5可視レーザー照準器が装着されたM4A1を使用している。当時、M4A1は配備からまだ数年目で、SOPMODパーツは導入から一年しか経っていなかった。

Oリング万歳!

2000年の春、初回納入分のM4A1は5年間の運用寿命を迎え、新品への更新が始まっていた。それと同時に、新たに支給されたM4の一部で抽筒不良が発生するようになってしまった。

新しいM4に共通する問題があるという報告が指揮系統を駆けのぼった直後、メーカーは大変すばらしい対応をしてくれた。

ひと月も経たないうちに、Colt社は私たちの部隊に社員を派遣し、新しいM4をすべて点検してくれたのだ。問題が見つかったM4はすぐに交換された。銃身の薬室と銃腔にクロムメッキを施す際、一部の個体でメッキ厚が既定値を超え、薬室がせまくなりすぎた結果、射撃中の抽筒不良につながったことが後に判明した。

また、エキストラクター(抽筒子)のバネ圧をもう少し強くすれば、そのような欠陥銃身でも正常に抽筒できるということも明らかになった。強力なエキストラクタースプリングが生み出す強い把持力によって、汚れた薬室から薬莢を引き抜くことも容易になり、M4は劣悪な環境でも手入れなしで長期間使えるようになったのだ。

これらの事実に基づいて、クレーンの技術者は信頼性向上キット(Reliability Parts Set)を開発した。このキットは三つのパーツで構成されていた。5巻きのエキストラクタースプリング、わずかに延長された青色のゴム製インサート(区別するため黒色に改められた)、そして弾力を補うためエキストラクタースプリングの周囲にはめるゴム製Oリングである。

このキットが2000~2001年のアフガン攻撃に間に合った記憶はないが、2003年のイラク攻撃までには部隊内にあふれていた。

それ以来、Oリングを含むクレーンの信頼性向上キットは、M4A1とMK18 CQBRの両方に標準装備されている。M4のOリングがColtの新型エキストラクタースプリングに置き換わったのを初めて見たのは、2012年のことだった。新型スプリングは、SOPMODスプリングよりも巻き数が少ない反面、コイルが大幅に太くなり、Oリングがいらないほど強いバネ圧をもっている。

ここ数年内に販売されたColt製ARには、この新型スプリングが装備されている。太くなったコイルのほかに、銅のような色でも見分けることができる。もし銀色のエキストラクタースプリングを使っているなら、銃本体のメーカーにかかわらず、ゴム製Oリングを必ず装着するべきだ。Oリングがもたらす強い弾力によって、抽筒不良が起こる可能性を劇的に減らすことができる。特に汚れた銃ではなおさらだ。

1999年に初採用された、M4A1のSOCOM仕様ヘビーバレル。銃身に四角い切り欠きがある。M203 40mmグレネードランチャーの取り付け基部は本来のM4銃身に合わせて設計されているため、ヘビーバレルには、基部がはまり固定できるようにするための細い部分が必要だったのだ。
クレーンのOリング、5巻きのエキストラクタースプリング、黒色のインサート。そして、市販されているDリング(D-Fender:ディフェンダー)。右にあるのは、Oリングが不要になったColtの新型エキストラクタースプリング。
2003年・クウェート:イラク攻撃の直前に射撃訓練を行う筆者。Block IのM4A1に、Aimpoint M68とAN/PEQ-2。バーティカルグリップの握り方については言わずもがな。当時はこう握るように指導されていたのだ。

SOPMODの実戦投入

1997年に初導入されたSOPMOD Block Iのパーツは、2001年アフガン攻撃と2003年イラク攻撃の両方における主力装備だった。私はアフガン攻撃に参加しなかったものの、2003年のイラク攻撃には参加した。私に与えられた任務は、クウェートから北に進攻し、バグダードに突入することだった。

隊員の多くは市街戦とCQBを想定していた(砂漠地帯に展開する部隊を除く)ので、M4A1にAimpoint M68の組み合わせが多く用いられた。

私のM4は、当時利用可能だったすべてのSOPMODパーツを使い、KACのRASレール(フロントサイトポスト近くに固定用ネジがついている初期型)、SureFire M951ライト、PEQ-2レーザー、そしてKACのバーティカルグリップという構成だった。2004年イラクへの二度目の派遣でも同じ構成を使うことになった。

M68をコンクリートに落として照準が狂ってしまったことが二度あったものの、どのSOPMODパーツも快調だった。私が参加した50以上の急襲のうち二度、つまずいて舗装道路に倒れてしまったのだ。そのとき私のM4は勢いよく地面にぶつかった。Aimpointの本体とレンズは無事だったが、照準は完全に狂ってしまった。

当時、KACのバーティカルグリップが多くの批判を集めていた。よく「ゲットーグリップ」とか「ブルームスティック」と呼ばれていたが、しっかり締めないと緩んでしまうことが多かったのだ。ストレスにさらされた隊員の強い握力で、グリップが戦闘中に折れてしまったという報告も複数あった。

確かに少し長すぎるかもしれないが、私としては、KACのバーティカルグリップに問題を感じたことはなかった。ドライバーで締めれば、レールにしっかり取り付けることができたのだ。事実、2008年頃にMagpul AFG(Angled Fore Grip)を手に入れるまで、私はKACのグリップを使い続けていた。

EOTechの話は?

私はここまでEOTech(SU-231)の使用について紹介してこなかった。なぜなら、SFやSOFの一部では2001年からEOTechを使っていたが、私の部隊では三度目のイラク派遣の直前・2005年初頭になるまで(モデル552が)支給されなかったからだ。あるパーツがSOPMODに採用されてからSOF全体に支給されるまでのタイムラグの一例である。

SOPMODはすべての特殊部隊に支給される。すなわち、アメリカ四軍に存在する数千人の隊員に支給されるのだ。そのため、全部隊に装備品を配備するには膨大な時間(ふつう数年)がかかることがある。

2003年・バグダード:1997年に初導入されたSOPMOD Block Iのパーツを搭載したM4A1を使用する筆者(左から二番目)。市街地でのCQBが大いに想定されたため、イラクに行った隊員の多くがAimpoint M68を使っていた。
2004年、イラクへの二度目の派遣における有志連合部隊。SOPMODの段階的アップグレードパーツ(Aimpoint M68とSureFire M951)が装着されたM4A1 SOPMOD Block I。よく見ると、ガスバスター・チャージングハンドルの大型ラッチが見える。筆者の左右にいるのはチームメイト。いつも筆者を守り助けてくれた心強い味方だ。
2005年・イラク:SU-231(EOTech 552)を搭載したM4A1。EOTechは数年前から実用化されていたが、筆者には三度目のイラク派遣の直前まで支給されなかった。H&Kの悪名高いスチール製5.56mm弾倉も確認できる。

SOF全体に支給されるまで時間を要したもう一つの例は、MK18 10.3″アッパーである。フロントサイトポスト版はイラク戦争初期からSEALsで広く使われていたが、私は2010年まで見たことがなく、そのときまでには新しい(現行の)ロープロファイル・ガスブロック版になっていた。

EOTechの話に戻ろう。

Aimpoint M68に関するある問題が原因で、EOTechを求める声が部隊内で高まっていた。M68の4 MOAドットは、CQBには最適だが、300メートル先の目標を狙うと12インチの円に相当する。その距離ならなんとかなるが、300メートル以上ではドットが大きすぎて、照準に支障をきたすことも多いのだ。

EOTechのセンタードットはたった1 MOAなので、300メートル先で3インチになる。小さなドットなら正確に照準できて、500メートルくらいまで目標を外れることがない。外側のリングサイトはCQBでの素早い照準に使えるので、多くの人がEOTechはすばらしい万能照準器だと考えていた。

しかし唯一の選択肢は、小型ドットサイトが上部についていない、固定倍率のACOGだけだった。EOTechは2005年になるまでほとんどの部隊に配備されていなかったのだ。

私の部隊にEOTechが配備された後、私もM68からEOTechに乗り換えたが、実戦で使ってみたところ、私には従来のM68のほうが使いやすいと分かった。訓練中は、EOTechの小さなセンタードットに焦点を合わせることに問題はなく、遠くにある6インチのプレートに当てることも容易だった。しかし、実戦で初めてEOTechを使ったとき、敵に狙いをつけようとしたら、ぼやけた赤い光しか見えなかったのだ。

接近戦で素早い射撃を可能にするため設けられたEOTechのリングサイトは、小さなセンタードットを見つける邪魔になり、目標の狙いたいところを狙うのが難しかった。実戦のストレス下では、EOTechのレティクルは私にとって複雑すぎた。私にはAimpointのシンプルなドットが一番向いているのだ。

そのほかのアクセサリー

イラク戦争初期にはそのほかのパーツも登場した。H&Kのスチール製5.56mm弾倉、ガスバスター・チャージングハンドル(2004年)、LMTが生産したクレーンのSOPMODストックなどである。私は、2006年初頭に最後のイラク派遣を終えるまで、クレーンストックが支給されなかった。

隊員たちはガスバスターを気に入っていた。その理由は、サプレッサーを装着したM4を撃つ際に逆流してくるガスを防いでくれるから、ではなく、大型のラッチがついているからだった。今日でも、M4A1には非常に小さなチャージングハンドルラッチが標準装備されている。

H&Kのスチール弾倉は重すぎて、SFではあまり人気がなかった。フル装填すると、スチール弾倉はアルミ弾倉の二倍の重さになってしまったのだ。もしスチール弾倉がより顕著に高い信頼性をもっていれば、重量増加を正当化することもできるかもしれない。しかし、スチール弾倉は固い地面(特に岩場)に落とすとへこんでしまうことが多かったので、私を含む隊員の多くはスチール弾倉になんの利点も見出していなかった。

後編に続く…

対テロ戦争の初期(アフガン侵攻の成功からイラク市街地での接近戦に至るまで)において、SOPMOD計画は大成功を収めた。M4A1カービンとSOPMODパーツは十分に役目を果たしたが、まだ改良の余地があった。

戦闘が続くにつれて、隊員たちはM4とSOPMODにさらなる性能を求めるようになり、SOPMOD照準器・アクセサリーの第二世代が登場するのである。

次号のSWATマガジンでは、SOPMOD Block IIの導入と、それをアフガニスタンでの実戦で使用した私の経験について紹介する。


ジェフ・ガーウィッチ氏は、米陸軍に26年間(特殊部隊に18年間)所属していた元グリーンベレー隊員。湾岸戦争に従軍し、イラク戦争(イラクの自由作戦)に三度、アフガニスタン紛争(不朽の自由作戦)に三度派遣された。現在は、USPSA・IDPA・3-Gunマッチで活躍する射撃競技選手である。